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発表一覧
飯嶋 裕治(いいじま ゆうじ) データ更新日:2018.06.13

准教授 /  基幹教育院 人文社会科学部門


学会発表等
1. 飯嶋 裕治, 分離派建築会の思想史的背景──和辻哲郎を中心に [招待有り], 分離派100年研究会連続シンポジウム・第2回「分離派建築会発足と「創作」の誕生」, 2017.07, [URL], 本発表の課題は、分離派建築会による「芸術としての建築」という主張が提起されてくる背景を、明治末から大正期にかけての思潮の中に探ることにある。そこで注目したいのは、分離派の若き建築家たちよりも数年年長で、当時文壇・論壇で活躍し始めていた和辻哲郎の動向である。西洋近代の「芸術」観の受容や教養主義といった時代背景の下で、和辻が「自己表現」としての創作や「民族」の根源的な想像力・創造力についてどんな思想を語り出していたかを見ることで、特に堀口捨己との注目すべき同時代性を確認できるはずである。.
2. 飯嶋 裕治, 実践的推論と行為の全体論的構造──目的論的行為論の新たな構想に向けて, 西日本哲学会第66回大会, 2015.12, G・E・M・アンスコムは『インテンション』(1957)で、人間の行為を「理由・意味」という観点から分析し、現代の哲学的行為論における一つの潮流(行為の反因果説)を作りだした。本発表では、その後に発表された論文「実践的推論」(1974)に主に依拠して、彼女の目的論的な行為論を確認した上で、それを(一見突飛な組み合わせに見えるかも知れないが)マルティン・ハイデガーや和辻哲郎の思想に看取し得る「行為の全体論的構造」という議論と接続させて、新たな目的論的行為論の可能性を提示すべく試みる。
まず問題の背景として、『インテンション』の議論も周到に踏まえたD・デイヴィドソンによる「行為の因果説」に対し、反因果説の立場から改めて行為の描像を提示し直さねばならないという事情がある。──ある一つの行為には様々な「理由」が想定可能だが、その中から実際に行為を引き起こした実効的な理由を、行為の「原因」とも見なして区別するという因果説は、なぜ「あの行為」ではなく「この行為」がなされたのかを理解する上でも、一定程度説得的な枠組を与え得る。それに対し反因果説としては、一人の人間の内に(時に対立する)様々な理由があるなかで、因果関係に拠らずに、まさに「この行為」がなされるにいたる仕組みを提示する必要がある。
そこでアンスコムが改めて検討するのが、なすべき行為を結論として導出する実践的推論である。ただし彼女は、(彼女が参考にしつつも批判するG・H・フォン・ウリクトとは違って)そこでいわば発見的に導出される行為を、論理必然的に一つに決まる結論とは捉えず、目的の達成にとって有用かつ実現可能性の高い選択肢の一つにすぎないと見なした。しかしそれでもなお、なすべき行為が実際いかに絞られ定まってくるのかを示すために、彼女は人間が持つ種々の「目的」の間の相互関係について考察する。
そしてこの「諸目的の相互関係」に関する議論を、ハイデガーや和辻が明らかにする「行為の全体論的構造」と重ねて解釈してこそ、より包括的な行為論を構想することができると思われる。そこで特に重要なのは、行為の構造を「目的−手段」連関(…実践的推論)と「全体−部分」関係(…行為の全体論的構造)の双方から捉え直す視点であり、本発表ではそれを「準目的論的行為論」とも呼称すべき立場として提示する。.
3. 飯嶋 裕治, 和辻哲郎の言語哲学−「日本語で哲学すること」の前提認識をめぐって, 九州大学哲学会, 2014.09, 九州大学哲学会・平成26年度大会でのシンポジウム「言語・共同体・歴史−和辻哲郎とベンヤミンの哲学から出発して」の提題者の一人として発表。.

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