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木島 孝之(きじま たかし) データ更新日:2016.07.20

助教 /  人間環境学研究院 都市・建築学部門 計画環境系




電子メール
電話番号
092-642-3350
FAX番号
092-642-3353
取得学位
博士(工学)
専門分野
日本建築史,日本城郭史
活動概要
[研究]
 近年、城郭研究では「縄張り研究」と呼ばれる分野が盛況である。この研究は、1980年代初頭の村田修三の提唱に始まり、全国の城郭遺跡悉皆調査の基本方法として定着し、市民権を得つつある。研究の特徴は、城郭の縄張り(曲輪・堀・土塁・石垣等の土木物や建築物で構成される城郭のかたち)の構造に着目し、これを社会構造を読み解く史料として活用する点にある。遺跡から歴史を読み解く視点自体は至極当然のことであるが、これが従来の城郭研究では皆無といえるほど欠落していた。すなわち、文献史学は、城主や普請の推移、合戦談、城下法制を解明する段階で停滞し、考古学は、遺物(陶磁器)の編年化、遺構(柱穴・堀等)の検出自体に関心が集中し、これらを縄張りとの関係で有機的に捉える視点が殆どなかった。建築史学は、天守等の模擬復原や、西欧的都市計画(ビスタ等)等による突拍子もない縄張り分析に終始した。さらには模擬建物建設を全国に誘発して遺構を破壊する罪悪的結果を招き、学界の非難を受けた。これら従来の城郭研究では総じて、城郭を史料として活用する視点が希薄であった。加えて、城郭が戦争関連遺跡である性格上、戦後史学界は城郭研究に忌避的・餞別的感情を抱き続けてきた。語弊を恐れずにいえば、城郭研究は縄張り研究の登場によって、やっと学問のテーブルに載ったといっても過言でない。
 この縄張り研究の基盤形成の牽引車となったのが中世城郭研究会・城談話会・城館史料学会で、その一員として、特に近世過渡期の西南地域に焦点を当て、豊臣系新興大名と旧族大名が創出した城郭の縄張り構造の差異に着目した研究を進めてきた。その根底には、全領民を過酷な軍役の体系に包摂する国家であった戦国・近世社会の実相は、その象徴的産物である城郭の縄張りの構造にこそ如実に投影されているという認識と、近世社会の解明には、その基軸形成に多大な影響を残した前政権(豊臣政権)との緊密で連続的な研究が不可欠であって、その際、政権が存亡を賭けて断行した朝鮮出兵の主舞台となった西南地域の動向が文献史料からだけでなく、「物的」史料から探求されるべきという信条がある。併せて、豊臣政権期を通じて醸造された領主・地域間での社会構造の差異や特質が、豊臣系新興大名と旧族大名の城郭において縄張り構造の差異というかたちでストレートに投影されている、換言すると、この差異から近世初頭期社会の実相の大枠が看取できるという予見を持ち続けている。
 加えて近年は、城郭遺跡に潜在する史料価値を効果的に訴える啓蒙的な研究を試みている。具体的には、僅か一個の城郭遺構の評価の見直し如何で、他分野の核を成している通説的見解に再考を迫る、あるいは新視点を提示し得る研究を進めている。対象として、九州平定・朝鮮出兵に密接に関わる立花山城塞群、益富城塞群、岸嶽城跡を取り上げ、これらの遺構の分析・評価から既成の朝鮮出兵像を見直す研究に取り組んでいる最中である。
 今後、蓄積した成果から、日韓の相互理解に際し避けては通れない朝鮮出兵の問題について、その実相の一端を城郭研究の視点から鮮明に焙り出す研究を結実させたい。そして最終的には、文献史料に偏向して構築されてきた戦国・近世像を、城郭という「物的」史料の面から再考し、文献史料で状況証拠を固め、遺構で物証する、本来、当然であるべき、厚みのある学際的な研究の構築を目指したい。
[教育]
上記の問題意識から、ゼミ(九州大学建築史研究室)や講義(九州大学・西日本工業大学−建築史概論、九州大学大学院−建築史特論)、講演会等を通じて学生・市民に、「物」史料に秘められた情報の魅力と重みや、史料の選択・活用における感情論を封印したニュートラルな姿勢の必要性を説き、フィールドワークとタブー視されてきた史料への関心を喚起する努力をしてきた。特に、文献史料による解釈と「物」史料から得られる解釈が矛盾・乖離する幾多のケースを積極的に紹介することで、実はこの両者の矛盾・乖離の狭間にこそ歴史事象の内実が看取できること、また、それが新たな研究視点を生み出し、地域史・文化史を紐解く面白さに繋がることを説くところに力点を置いている。その教育の一環として、教室内での「理屈」による講義や写真・図面だけでは得ることができない、生の遺跡が持つスケール感や迫力、歴史舞台の臨場感を実感できるよう、希望する学生に対しては遺跡調査・見学・遺物整理等が体験できる野外学習の機会をできるだけ多く設けるよう努力している。そして、建築設計演習(九州大学)やデザインスタジオ(同大学院)では、建築の造形・空間構造・生産システムを分析する「物差」として歴史学的視点の重要性を説いてきた。
 昨今、「建築に歴史など必要あるのか」という声が強い。といいながらも、デザインや計画のコンセプトを説明する場では、しばしば「歴史」が持ち出される。それはなぜか。結局のところ、あらゆる行為の正当性を説くために「歴史」が極めて有効な手段であるということを、多くの者が認識し共有しているからである。しかしながら、現実をみると、巷には歴史・社会と建築との関わりを無視あるいは誤解・曲解したり、表層のみの都合のよい理解の上に創出された「今様」のデザインや計画が溢れている。これらは根無草のようなものにみえる。また、その小手先ばかりの造形手法と全く独り善がりの建築理念を妄信的に濃化して行く動向には虚無感を覚える。無論、歴史的建造物の技術的パーツを単純に模倣しただけの、稚拙な“伝統的風”建築を推奨するつもりはない。ここで歴史学的視点の必要性を説く一例として「数奇屋」建築を挙げると、「数奇屋」の本質は、何も草葺屋根・面皮柱・荒壁・化粧天井等々といった材料や技術自体の有無にあるのではなく、書院造りの厳格な秩序・格式性を十分に理解・消化したうえで、それを如何に上手く裏返すかという造形理念にある。この建築史的理解に立てば、ガラス・鉄・プラスッチク等の近代素材を用いて「茶室」を造ることも十分可能なのであって、このように建築と歴史・社会構造の関係の理解、つまり歴史と社会を理解しようとする姿勢と努力のうえにこそ、地に足の着いた説得力のある新しい造形や空間が創出可能であることを説いて行きたい。つまり、建築や空間を造る小手先だけの技術教育ではなく、造形の背後にある歴史と社会を大きく見据える教育を実践したい。

(教育)
九州大学工学部建築学科 日本建築史、建築概論,建築コアセミナー,建築設計演習
西日本工業大学非常勤講師 日本建築史(平成12年度〜26年度現在)
佐賀大学都市工学科非常勤講師(平成24年度~25年度)
(社会活動)
益富城塞群跡(嘉麻市)、恒吉城跡(曽於市)の保存整備のための遺構確認調査

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