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野々村 淑子(ののむら としこ) データ更新日:2023.11.13

教授 /  人間環境学研究院 教育学部門 教育社会計画学


学会発表等
1. 野々村淑子(企画者), 乙須翼, 草野舞, 大森万理子, 土屋敦, 阿久津美紀, 「子ども史研究再考――記録保存/分析視座/歴史叙述」, 日本教育学会, 2019.08, 子ども史研究再考  ――記録保存/分析視座/歴史叙述――
〇 野々村淑子(九州大学)(企画者)
〇 土屋敦(徳島大学)  (司会者)
〇 乙須翼(長崎国際大学)    
〇 草野舞(九州大学大学院生)
〇 大森万理子(九州大学)
〇 阿久津美紀(目白大学)

1.趣旨
児童保護や福祉への関心が高まるなかで、歴史研究においても、孤児、浮浪児、貧困児など社会で周縁化された子どもやその救済、保護が注目されている。『孤児と救済のエポック―― 一六~二〇世紀にみる子ども・家族規範の多層性』(勁草書房、2019年2月)は、そうした子ども史研究の視座や叙述様式と、その前提にある子どもや家族規範の、多層的、複合的な形成過程を歴史的に問うことを目指して編まれたものである。子どもの保護、救済の歴史叙述における、家族や教育の規範や論理が浮上する様相、そして子ども期の科学化を通じたあるべき子ども規範の創出と普遍化の様相を、それぞれエポックとされる時代、地域の文脈に沿って解明を試みた。
 本ラウンドテーブルでは、本書の執筆陣による報告、論点整理の上で、アーカイブズ学をご専門とし、かつエリザベス・サンダース・ホームをはじめとした児童福祉施設における記録管理、保存に関する研究を手がけている阿久津美紀氏(目白大学)からコメントをいただき、子ども史研究の課題について議論する。
 社会的養護で養育された経験をもつ人(ケアリーヴァー(care leaver))や福祉施設の管理者や職員に関する(にとっての)記録、保存、公開の内容や方法、それらに関する法や制度の問題と、子どもや家族の規範が形成される政治的磁場の問題は、密接に結びついているであろう。子ども史(児童保護や救済の歴史)は、ともするとあるべき規範への到達度合やそれへの道程として叙述されることが多い。その規範が生成する様相と、それを支えた文脈と論理を解明するために必要な、資史料との出会い方、対し方はどのようなものなのか。児童保護、救済の事業や施設の記録(資史料)を管理し保存するというアーキビストの仕事と、それを収集し、史料批判を重ねながら分析、解釈し、歴史として叙述していくという歴史研究者の仕事との対話を通して、子ども史研究再考の一歩としたい。
2.報告の概要
野々村報告は、中世的秩序が崩壊しつつあるなかで救貧法体制を準備した一六世紀チューダー朝期イギリス、ロンドンで初の公的な孤児、貧困児救済施設であるクライスト・ホスピタルに焦点をあてる。領主、修道院、ギルドなどによる人々の生への配慮や、慣習的な養育委託や受託の形が崩壊、乃至見直されるなかで、西欧社会はヴィヴェスの救貧論を代表とする新しい救貧の制度を模索していた。貧民たちのなかで子どもが区別され、その生命や生活、人生が公的配慮の対象とされたのは、そのような貧民救済についての国家的再編の文脈においてである。その位置づけと、より具体的な設立経緯と共に、貧困児や孤児にまつわる家族観を、救済記録から抽出する。
乙須報告では、アメリカの共和国思想、公教育構想の中心であった一八世紀フィラデルフィアで無償貧困児教育が着手された地域的、文化的特徴と、救済活動を鼓舞、推進した価値規範、その論理の多様性、多義性を、家族像を含めて炙り出しながら、日曜学校団体ファースト・デイ・ソサイエティの教育活動を追う。特に、弱者への感受性、苦境にある弱者への慈悲深さと彼らの苦しみへの感受性が、誰しもが持つべき価値であり、道徳機能に繋がるものとして喧伝されたことは重要である。
草野報告では、福祉国家体制成立期二〇世紀転換期において、子どもの生命の保護、健康への配慮が国家的関心の中心となり、幼児生命保護法、児童虐待防止法などが児童法へと統合されていく経緯と、そこで制度化の論拠とされた「科学」が着目され、正当化されていく経緯、その関係が整理される。法は、それが普遍性を有するという通念を前提としている。親の産み方、育て方が、国家兵力減退を機に法制度化されたことと、その際に用いられた科学の問題は、そのプロセスを無前提に是とする物語に再考の必要性を突きつけるだろう。
大森報告は、二〇世紀初頭のカリフォルニア州の在米日本人社会のなかで、保護の対象として子どもが見いだされていくプロセスと、児童保護事業として設立された南加小児園の展開過程を、戦後まで含めて追う。二つの国家の国境を越えて、あるいはその狭間で行われた子どもの保護事業の内容、方法を追うことで、アメリカ的生活の形が、むしろ移民の側から規定されていく側面をみることができよう。ここで興味深いのは、小児園が「不幸なる家庭」の代替として設立されたこと、戦後は、里親委託、養子縁組が推奨されるが、ここでも家族規範が保護事業のなかで重視されたことである。
土屋報告では、第二次大戦期から一九六〇年代のフロイト主義の学説受容の系譜から、戦後の孤児公的救済におけるその強力な支配的関与の様相が明らかとされる。フロイト主義の一般化、一般家庭児への転用は、日本の子どもや家族についての「普通」「一般的」「普遍的」とされる考え方が定着していく重要な機能を果たしたと考えられる。子ども史、家族史、児童救済や児童保護の発展史的な歴史叙述を作り出した認識枠組は、このような理論、専門学説のもとで強調され、定着せしめられたものであるといえるのではないか。
3.コメントおよび対話
 以上の報告に対し、阿久津美紀氏(アーカイブズ学;「1.趣旨」欄参照)よりコメントを提示いただくことにより、子ども史研究の視座、方法、史料、叙述について、特に児童救済、保護、福祉や支援を対象とする研究を中心に議論を深める。.
2. 野々村淑子, 18世紀ロンドンの貧困児救済と家族―無料診療所の設立と医療実践をめぐって, 比較家族史学会, 2017.06.
3. 野々村淑子, 17世紀中葉イングランドの女性による預言にみる身体とコスモロジー
-第五王国派アナ・トラプネルのヴィジョン表出過程に注目して-, 九州史学会, 2007.12.
4. 野々村淑子, 「全き家」の解体と子どもの体験−西欧の生活世界の歴史から, 九州教育学会, 2003.11.

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