九州大学 研究者情報
総説一覧
山本 紀子(やまもと のりこ) データ更新日:2023.07.24

准教授 /  キャンパスライフ・健康支援センター


総説, 論評, 解説, 書評, 報告書等
1. 山本 紀子, 永野 純, 親のストレスが子どもの喘息発症や経過に及ぼす影響, 心身医学, 2016.02, 小児喘息の危険因子の一つにストレスがあげられる。ストレスには心理的ストレス、身体的ストレス、社会経済的ストレスなど様々なものがあるが、中でも家庭内での養育者との関係性に起因する心理的ストレスは子供にとって不可避であることから、子供の喘息の発症や経過への影響が大きいと考えられる。 
 養育者が慢性的なストレス状態にあることや、好ましくない養育態度を持つことが子供の喘息経過によくない影響を及ぼすことは臨床の場でよく経験されており、これを支持する研究結果も少なからず報告されている。とくに親の養育態度やストレスと児の喘息の病態については多くの横断的な研究結果が報告されている。しかし、一般的に前向き研究に比べて横断研究では、得られた結果から因果関係を推論し、解釈することが困難であり、その点において前向き研究の方が優れている。そこで、親のストレスと子供の喘息罹患、あるいは病状経過への影響に関する前向き研究を総括し、子供の喘息の予防や治療における親の精神的健康の役割について検討した。そのうえで、今後の研究にとっての課題について考察を試みた。
 報告されている前向き研究論文を総括すると、保護者のストレスがハイリスクの子供における喘息発症、および喘息患児の不良な予後に寄与する可能性を一貫して示していた。ほとんどの研究において保護者(主な養育者)は母親であり、父親のストレスと子供の喘息に関する報告は極めて少なく、結果も一律ではなかった。
 養育者の“ストレス”として、多くの研究が“自覚的ストレス”、“抑うつ”、“不安”など、非特異的な評価に留まっている。そのような否定的精神状態に陥っている原因や深刻度は個々人で相当の違いがあるはずで、引いては子供への影響も異なってくることが考えられる。また、養育者のストレスと子供の喘息との関連における因果関係の解釈を確実なものとするためには、前向き観察研究でも不十分であり、ストレスを標的とした介入を行い、ストレスの緩和が子供の喘息経過の改善、あるいは喘息罹患リスクの低減につながることを証明する必要がある。その場合、自覚的ストレス、抑うつ、不安のような非特異的症状はそのまま介入の標的とはなり難い。それらの症状の背後には、社会経済的要因や生活環境を含む環境要因、および養育者それぞれの行動特性、とりわけストレス応答における行動パターンが存在する。前者の環境要因を医療従事者が取り扱うことは難しいが、後者へのアプローチは可能かも知れない。Naganoらはこの点を考慮し、母親の特異的な行動特性(ストレス応答パターン)に注目した。その結果、母親のある種の行動特性が、1年後の子供の喘息重症度に強く影響する可能性が示唆された。このように、ある程度具体的な個人特性であれば、それらを標的とした心理療法を用いた介入によって効果的な影響が期待できるかもしれない。
 養育者のストレスが子供の喘息発症や経過に与える影響は、臨床の現場や疾病予防の領域において考慮すべき重要な側面であると言える。今後具体的な策を講じてゆくためには、母親のみならず父親の影響を考慮に入れた研究を実施すること、効果的な介入の標的となり得るようなストレス関連特性について評価すること、介入研究によって因果関係の確実な解釈を行い、かつその効果を確認することが必要となると考えられる。
.

九大関連コンテンツ

pure2017年10月2日から、「九州大学研究者情報」を補完するデータベースとして、Elsevier社の「Pure」による研究業績の公開を開始しました。